秋色ファンデ(笑)
冬色コーデ(笑)
自分らしさを演出(笑)
がんばった自分へのご褒美(笑)
等身大の自分(笑)
自分探しの旅(笑)
本当の自分(笑)
働く女性(笑)
地球にやさしい(笑)
岩盤浴(笑)
動物占い(笑)
恋愛偏差値(笑)
スイーツ(笑)
パスタ(笑)
ランチ(笑)
ムース(笑)
ショコラ(笑)
セレブ(笑)
ロハス(笑)
スローフード(笑)
デトックス(笑)
ビビッド(笑)
アンニュイ(笑)
詰め放題(笑)
納豆で血液サラサラ(笑)
といっても、日本の接客業が異様に態度が良いのであって、世界的にはこれくらいの方がむしろ普通でしょう。
ブチキレ閾値が異様に低い人間なので、日本では態度の悪い店員によくムカムカしていたのですが、エジプト人の接客態度の悪さには、不思議と腹が立ちません。理由を考えると、まず、「お客様は神様」「客は店員より上」という前提が、そもそも存在しない、あるいは希薄だから、というのが思いつきます。
態度が悪いといっても、日本のようなサービスをしない、というだけで、非常に人懐っこく話しかけてはきます。仲良くなると、ちょっと日用品を買いにいっただけで「最近見なかったけどどうしてたのー」「いつものパン、今日は売り切れなんだ、代わりにこれオマケしてやるよ」とか、滅茶苦茶親密です。小さな個人商店だけではなく、スーパーマーケットですらそういうことがあります。
要するに、彼らの客−店員関係は、普通のご近所付き合い等の人間関係とまったく変わらず、友達なら話すし、友達じゃないなら無愛想に流しているのです(外人の場合、ものめずらしさから仲良くしてくれることも多い)。客−店員関係がまったくないとは言いませんが、日本の千分の一くらいだし、友達以外に対しては「お金をもらった対価は商品やサービスでもう返しているから、スマイル欲しけりゃバクシーシよこせ」というのが基本です。
これはこれで「それもそうだな」と納得させられてしまうものがあり、慣れると日本式より遥かに気楽です。「不満があれば言わないヤツが悪い」空気が満ち満ちているエジプトですが(この空気も今では楽)、例えばスーパーのレジで、前の客がレジ係と長い世間話に突入していても、文句を言うと「黙って待っとけ」とツッコまれそうな雰囲気があります。
エジプト人の接客態度、ファストフードの不快感 エジプト アラビア語語学留学ブログ (via takaakik) (via otsune)
喫茶店でバイト先の愚痴をこぼす主婦を見かける度に思う。日本もこれぐらいで良い。
(via cielbleucielbleu) (via ishibashi)
(via kerolon)
(via nemoi) (via kondot) (via 00a) (via yotta1000)
(via shunta) (via naha) (via ljmp) (via konishiroku)
といっても、日本の接客業が異様に態度が良いのであって、世界的にはこれくらいの方がむしろ普通でしょう。
ブチキレ閾値が異様に低い人間なので、日本では態度の悪い店員によくムカムカしていたのですが、エジプト人の接客態度の悪さには、不思議と腹が立ちません。理由を考えると、まず、「お客様は神様」「客は店員より上」という前提が、そもそも存在しない、あるいは希薄だから、というのが思いつきます。
態度が悪いといっても、日本のようなサービスをしない、というだけで、非常に人懐っこく話しかけてはきます。仲良くなると、ちょっと日用品を買いにいっただけで「最近見なかったけどどうしてたのー」「いつものパン、今日は売り切れなんだ、代わりにこれオマケしてやるよ」とか、滅茶苦茶親密です。小さな個人商店だけではなく、スーパーマーケットですらそういうことがあります。
要するに、彼らの客−店員関係は、普通のご近所付き合い等の人間関係とまったく変わらず、友達なら話すし、友達じゃないなら無愛想に流しているのです(外人の場合、ものめずらしさから仲良くしてくれることも多い)。客−店員関係がまったくないとは言いませんが、日本の千分の一くらいだし、友達以外に対しては「お金をもらった対価は商品やサービスでもう返しているから、スマイル欲しけりゃバクシーシよこせ」というのが基本です。
これはこれで「それもそうだな」と納得させられてしまうものがあり、慣れると日本式より遥かに気楽です。「不満があれば言わないヤツが悪い」空気が満ち満ちているエジプトですが(この空気も今では楽)、例えばスーパーのレジで、前の客がレジ係と長い世間話に突入していても、文句を言うと「黙って待っとけ」とツッコまれそうな雰囲気があります。
エジプト人の接客態度、ファストフードの不快感 エジプト アラビア語語学留学ブログ (via takaakik) (via otsune)
喫茶店でバイト先の愚痴をこぼす主婦を見かける度に思う。日本もこれぐらいで良い。
(via cielbleucielbleu) (via ishibashi)
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(via shunta) (via naha) (via ljmp) (via konishiroku)
fkgw:
夢幻家族 嶋岡晨
そのやわらかいからだはまるで
あふりかの奥地の沼に住む大なめくじで
わたしにもたれかかりからみつきかぶりつくぐあいは
わたしをついにはどろどろにしてすすりこもうというのである
しゃぶしゃぶと舌でなめまわすしぐさは
まるで家畜の心配をする牧場主のようで
その情愛のかたことは
屠殺の日にむかってげんしゅくにすすむとりっくなのだ
こうしてこどものあまったるい吐息のために
わたしはちちである自分をしびれさせ
うなだれて生の草原をあゆむのである
こどものははであるわたしの女は
にくしんのにおやかなにくしみをこめて
ただれる肉のひだをひらき
すえた花ばなをわたしにささげる
ああ あるきつかれたわたしにむかい
こどものこどものそのまたこどものたくさんのたくさんのこどもらの
まるまるとした手がおしよせてきて
わた菓子のような霧をつかもうとするが
わたしの目からは墨汁がしたたり
ぽたぽたと家族の風景におちてにじむのだ かつての日
血のついた脱脂綿のうかぶ空のした
めたふぃじっくの旅人が
骨の笛ふきながらとおっていった
そのおなじさびしい石ころみちを
夢幻家族をひきつれて
わたしはだまってあるいていく
すべての死んだけものたちがよみがえり
赤い海にむかって吠えはじめる
あたらしい故郷のはてへ。
忙しくて家に帰れないけど優しい夫と、生まれたばかりの子供とずっと三人で暮らしてた。親元から離れて、知り合いが余りいないところで、私は出産と育児で仕事は退職した。子供が大きくなったら復職しよう、保育園に預けて復職しようと思ってた。
一歳二歳のころは、気が狂いそうに辛かった。同時にすごく子供は可愛くて可愛くて寝ているところを見ると胸がキュンキュンしたんだけど、毎日毎日育児だけで話す人も居なくて、インターネットで日記を書いたとしても、むなしくてだめだった。
夫は時間を見つけていっしょに買い物行ったり生協を利用を進めてくれたり、仕事の帰りには買い物してくれたりした。でも帰りはとにかく遅くて、夜の九時とか十時とかで、朝は七時に出ていく。その間私は子供と一緒に過ごしてた。散歩したり図書館行ったり、お話したり、公園行ったり、思いつく限り、色々した。楽しかったと思う。今、当時の子供のビデオをみると、キャーキャー笑っててすごくかわいい。すごく明るい。私も笑ってた。でもすごく辛かった。
何が辛いかっていうと、社会から取り残されて、とかそういうんじゃなくて、単純に、誰とも全然しゃべらないことと誰もこの辛さが全く解ってくれないことだった。子育てで家に入れてシアワセだねと言われるし、確かにそうなんだろうと思うけど、子供とだけ過ごす毎日が、子供に毎日気を配る毎日が、ちょっとスーパーに行って目を離した隙にどこか行ってしまう子供を非難するようにつれてくるおばさんが、公園で遊んでいる子供に仲良くしてくれるけど時々目を話していると意地悪をする近所の小学生が(その小学生は家にあったゲームを盗んでかえっていったみたいだった)引っ越してきたばかりの誰か解らない人に対するやさしいし何でも言ってねって言ってくれるけど実際は何もしてくれない近所の人が、公園出会う仲良いようでよそよそしいようでがんばって仲良くならないといけない必死だったりするか逆に輪には入れていて既に横柄なお母さんが嫌だった。人間関係がいやだった。子供のために人間関係を作ってその人間関係で人間扱いしてもらわないといけない。仕方ないとおもっていたけれど、どうしたらいいか解らなかった。公園では子供がそれなりに遊んでくれたし、近所のお母さんも気を使ってくれたと思う。子育ての話もしてくれた。でも、すごく時々だった。仕事があって保育園に言っているお母さんは忙しい。仕方がない。母親神話とか児童心理学の本とか虐待についての本も色々と読んだ。子供の虐待ホットラインとか市民の相談とかも知っていたけど、何が一番自分が不満なのか辛いのか良く解らなかったから、相談はしなかった。ただ、時々酷く一人にはなりたかった。考えが全くまとまらない。子供の寝顔は毎日見ていた、みるようにしていた。寝顔はすごくかわいい。寝顔でなくてもかわいいんだけど、寝顔は気楽にかわいいからだ。寝顔を見ないと、いつか、子供にひどいことを繰り返すんではないかと思っていた。子供に何でそんなことするの、と怒る時、怒った時、すごく嫌だった。子供が危ないことや怒るべき事は怒るべきだけど、何、お茶碗をひっくり返したぐらいで怒らなくていいのに。でも怒ってしまっていた。些細なことで。それに自分で気付いてから、夫に私はおかしいか、怒りすぎてると思うと話した。虐待とかしてしまったらどうしよう。夫は日曜、土曜と、子供と実家に帰ってくれたり、子供を見ていてくれたので私は図書館にいったり買い物にいったり友達にあったりした。でも月曜日からはまた一人だ。子育て支援もすこし利用したけど、そんなに便利と言う訳ではなく、一時保育も余裕があるわけでない家計からは捻出しづらかった。
でも保育園は全然空いていなくて、待機児童だらけで、入所にはすごく時間がかかるだろうと言われた。私立の保育園は月に7万かかると言われた。何のために働いているんだから解らない金額だ。そして子供と一緒にいれるわけでもない。無認可の施設もそうだ。一体どうなっているんだろう。仕事には出れなかった。子供と毎日過ごす。化粧も全然しない。夫は元々化粧が好きじゃなかったからそれがいいって言っていたけど、久しぶりに化粧したら、目元にしわが出来ていた。ぞっとした。自分の顔が解らない。
ある日の昼、買い物の帰りにうどんを子供と一緒に食べに行った。安いうどん屋さんでうどんを食べようとしていた。店でつまづいて転んだ子供が泣いた。しばらくあやしていたら、隣の席にいたおじさんが「しつけがなってないから泣くんだ」と喚いた。私は、うどんを残して席を立って子供を鞄をかかえて外に出た。涙がボロボロでた。こんな小さい子供のしつけが出来るわけ無い。でも店に入った自分が悪いのかもしれない。なんでこんな目に会うんだろう。しつけが出来ていないっていうことは親失格だってことだろうか。子供に怒ってしまう。もう死にたい。やめたい。でもそう言う訳にも行かない。自転車に乗って帰ろうと思っていたら、店から出てきたさっきの人とは違う、知らないおじさんが「気にするなよ」と言って笑いかけてくれた。「ありがとうございます」と言って泣きながら頭を下げたら「子供が泣くのは当たり前だから!がんばれよー!」と言って、おじさんはニコニコ手を振って車に乗って帰っていった。
今は子供は当時よりは大きくなっている。店で騒いだりもしない。保育園はずっと待っていたら入れた。仕事もはじめた。子供は友達が出来た。夫は仕事を変えた。一緒にいてくれる。二人目もほしい、って言っている。
あの時、「気にするな」って言ってくれた人のことは何となく覚えている。あの時、そのまま家に帰っていたらどうしていただろう。オオゲサだ、とは思う。何もなかったかもしれない。でも。
こないだ、電車で泣いている小さい子がいて困っているお母さんがいたので、持っていたサクマ式ドロップをお母さんに良かったら、と言って渡した。困っていたお母さんと過去の自分の姿がダブって見えた。私の隣にいた、子供が、ちいさいねーかわいいねーと言っていた。子供と手を繋いで家に帰った。


